BENNY GOLSON




1929.1.25 -


Benny Golson Site
ペンシルバニア州フィラデルフィア出身。名コンポーザーにして名アレンジャーにして名プレイヤー。

本来テナー・サックス奏者であるが、ライオネル・ハンプトン、ディジー・ガレスピーなどのビッグバンドに加わっている時、作・編曲者としても活動し、ビッグバンド向けのモダンな編曲スタイルを身に付けている。モダン・ジャズ界では洗練された作曲・編曲の才で評価されて、クインシー・ジョーンズ、ジジ・グライス、オリバー・ネルソンと並んで、1950年代から1960年代にかけてのハード・バップ最盛期における代表的なジャズ編曲者の一人と見られている。その優れた編曲は“ゴルソン・ハーモニー”とまで称され、また作曲したナンバーの多くが、現代まで演奏されるジャズ・スタンダードとなっている。その代表的な曲には<ファイブ・スポット・アフターダーク><ウィスパー・ノット><アイ・リメンバー・クリフォード>などがある。

1958年、アート・ブレイキーが率いるジャズ・メッセンジャーズに参加、ここでもサックス演奏以上に作曲家、編曲家としての技量を示し、短い在籍期間、ジャズ・メッセンジャーズ全体のスタイルに大きな影響を与えた。ゴルソンは、ジャズ・メッセンジャーズ脱退後の1959年からアート・ファーマーとの双頭バンド: ジャズテットを組み、カーティス・フラーも加わり、3管の分厚いハーモニーが、ダイナミックで洗練された味わいに繰り広げられる。

1962年のジャズテット解散後しばらくしてゴルソンはジャズの第一線から退き、主にスタジオ・ミュージシャン、テレビ番組用音楽の仕事に就いた。1970年代中期に、ゴルソンはジャズ界に復帰して、活動を再開。1983年にはジャズテットの再結成も行っている。以後は定期的にアルバムを発表し、音楽活動を続けている。

代表作 : ニューヨーク・シーン、グルービン・ウイズ・ゴルソン