SONNY STITT 




 1924.2.2 - 1982.7.22


Sonny Stitt Site
マサチューセッツ州ボストン出身。あらゆるサックスをこなし、ビ・バップ、ハード・バップ一筋の演奏を貫いたサックス奏者。

当初はアルト奏者としてスタートしたが、チャーリー・パーカーと演奏スタイルが非常に似通っていることなどから、アナザー・バードなどと呼ばれ、それを嫌って、パーカーが生きているあいだはアルト・サックスでなく、テナー・サックスを主楽器として吹いていた。

1940年代前半、ビッグ・バンドで演奏活動し、45年から46年にディジー・ガレスピー楽団に加入して注目される。その後49年までビリー・エクスタイン楽団にて演奏活動を続け、退団する頃にはテナー・サックスを頻繁に演奏するようになる。アルトからテナーに変えての初のセッション・アルバムが「スティット,パウエル&J.J.」である。この作品は、パウエル、スティットの両者がスイング感あふれるアドリブの応酬で、迫力満点のプレイが展開されるバップ期の名作。50年から52年にはジーン・アモンズと双頭テナー・バトル・チームを率い、自己のコンポをもって活躍、名を高めた。

50年代後半、ヴァーヴ・レーベルの吹込まれたスティットのアルバムの中にも、傑作が数多い。リーダー作としては、ワン・ホーンのカルテットによるアルバムが多く残されている。60年代からのスティットのアルバムは、レーベルやプロデューサーの好みを反映してか、バックにオルガンを加えたソウル色の強いものや、大編成のバックを従えたコマーシャル色の濃い作品が多くなって行く。70年代以降もミューズなどのレーベルに精力的にレコーディングなどの活動を続けた。82年7月にワシントンの病院で亡くなる。

代表作 : スティット,パウエル&J.J.、ペン・オブ・クインシー